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俳句で知る「たんぽ 」と「 ちろり」 2009年 08月 05日
この頃は、俳句の全集等を、ながめている。
芥川龍之介は 「我鬼」との俳号を持つ。彼の句に、 「明星の銚(ちろり:ルビ)にひびけほととぎす」 がある。(『澄江堂雑詠』:大正十四年五月) 「チロリ」正確には、「銚釐」という漢字を当てている。酒を温める用具である。 『俳諧 桜川』(1674)に、 「一つ呑 酒は上戸の たんぽかな 未及」 がある。(『日本国語大辞典』) 『日本国語大辞典』では、外の文例として、 「うはさ町の茶屋が才覚、たんぽにあつかんの酒いそぎ」(浮世草子『好色盛衰記』:1688)。「ちろり。銅製。京坂にてたんぽとも云。近世ちろりにて湯燗にせし也」(『守貞謾稿』:1837~30年間) 等ある。 「たんぽ」には「湯婆」の漢字を当てている。「ゆたんぽ」の意味にも使っている。(「湯婆」は「『湯』『婆』はそれぞれ『たん』『ぽ』と唐宋音である) 本来、「ゆたんぽ」は「湯湯婆」と表記され、が、「湯婆」を湯たんぽの意のみに限定・思い込んでいる節が見える。現在、「大阪」「和歌山」「徳島」で、一般に酒燗用具として「たんぽ」と呼ばれ使用され、されていた。 『鬼貫全集』(岡田利兵衛著)に採録されている『夢の名残』の中に、連句での中 「湯婆の口ておしつけて盛 海棠」 「湯婆」には「チロリ」とのルビが付けられている。「海棠」なる俳人は大阪・池田の人である。 正岡子規の『俳諧大要』に「木枯の果はありけり海の音」で有名な「言水」の句として、 「姨捨てん湯婆にカンせ星月夜」 (「カン」は「酉」を偏に、「間」を旁の字で:『大漢和』では同じ偏に、「感」を旁にした字と同じ音で、転字をし。「しおからい」の意で。当て字である) を紹介して、この句の意がさっぱり判らない。と子規はボヤイている。姨捨山伝説を意識 して、 寒い姨捨山へつれて行くのに、何故「ゆたんぽ」を用意させようとしているのだ、と考え たのであろう。「言水」は奈良の人であるので、酒燗用具「たんぽ」と解釈すれば、「姨捨 てるような星月夜、寒々とした日だから、たんぽで酒でも燗して」と。 「酉」の偏をもってきているのだから、そう考えるのが自然では。 「酉」偏の「カン」は『子規全集第二巻』(子規の自筆の写し)では 「紅葉焼く法師は知らず酒のカン」 「君今来ん新酒のカンのわき上る」 を始めとして、酒の燗に「酉」偏を用いている。 湯婆までも、関西は チロリに取られ、意味までも改竄されてしまったらしい。 |

